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自分の設定を描き直した時、世界の色は一変する

uca.
uca.

こんにちは。uca.です。
実は今回の記事、前回からかなり久しぶりの更新となります。

つむり
つむり

ほんと久しぶりだね!
辞めちゃったのかと思ってたよ。
何してたの?

uca.
uca.

これがなかなかいろいろあってね。
今回はブログを更新してなかった期間に経験したことについて
書いてみようと思います。

称賛を受け取りながら、「自分」を罰していた私

作家活動をしていると
ありがたいことに
作品を褒めていただく機会が多くあります。

「素晴らしい色彩ですね」
「この絵に救われました」

……その言葉に偽りがないことは分かっていました。

けれど、その言葉を受け取る私自身の心には、
厚くて硬いフィルターがかかっていました。

「いや、本当はもっと描けたはず」
「この程度で満足してはいけない」

自分を評価することができませんでした。

それどころか、自分にダメ出しをすることが、
自分を高める方法だと信じ込んでいました。

この「過小評価」の癖は、創作活動だけにとどまりません。

家庭の中では、理想の妻、理想の母、
そして、もっと遡れば理想の娘や姉であろうとして、
そこから少しでもはみ出す自分を見つけては、
心のペンで大きな「×」を書き込んでいました。

心理学ではこれを
『条件付きの自己肯定感』
と呼ぶのだそうです。

何かができている自分には価値があるが、
できない自分には価値がない。

この考えで生きている限り、どれだけ成功を収めても
心は常に「いつかメッキが剥がれるのではないか」と
恐怖にさらされ、安らぐことがありません。

私は、いつのころからか成長する過程で
自分の中に一番厳しい刑務官のような存在を住まわせ監視して
気付かないまま負のループに閉じ込めていたんです。

つむり
つむり

『条件付き自己肯定感』の反対は『無条件の自己肯定感』といって
自分がどんな状況にあってもありのままの自分を
“無条件”で受け入れている状態のことなんだって。

心理学から学んだ「設定」の正体

自分で自分を苦しめ続けることの辛さに耐えられず
私は本を読み漁り、沢山の人の話を聞くようになりました。

そこでようやく気づかされたのは
「現実は、自分が自分をどう設定しているかの投影である」
ということでした。

私たちは、世界をありのままに見ているのではなく、
「自分というフィルター」を通して見ています。

例えば
「私は苦労しなければ報われない」フィルターを設定していれば、
楽な道があっても険しい道を選んでしまいます。

「私は完璧でないと愛されない」フィルターを設定していれば、
誰かの親切を疑ったり、失敗を恐れて挑戦することを躊躇してしまいます。

特にクリエイティブな仕事に従事している人は
感受性が豊かである分、この「設定」の力が強く働くのではないでしょうか。

自己評価が低い状態では
どんなに素晴らしいインスピレーションが降ってきても
「私なんかがこれを表現していいはずがない」などと
無意識にブレーキをかけてしまうのです。

私が陥っていたのは
「自分を苦しめることでしか、前に進めない」という間違った設定でした。

濁った水で筆を洗っても、鮮やかな色は生まれません。
心も同じです。
自分を叩きのめして絞り出した表現は
どこか悲鳴を上げています。

私が本当に必要としていたのは、
実は技術の向上でも、他人からのさらなる称賛でもなく
ただ『自分に許可を出すこと』だったんです。

つむり
つむり

そういう設定をしてきたから
つむりは生まれることができたんだし
そんなに悪いことでもなかったんじゃない?

uca.
uca.

なるほど~
そういう考え方もできるね!

たった一つの「許可」が、オセロように現実を変えた

そんな私に、大きな転機が訪れました。
夫との別居、そして引っ越しです。

それまでの私は、家庭環境に強い不満を抱きながら

「別居なんて望んではいけない」
「家族を壊す自分は失格だ」

現状維持という名の檻に自分を閉じ込めていました。
心の中では変化を望みながら
変化する自分を許せていなかったのです。

だけど、本を読み、人の話を聞いて
自分で自分を負のループに閉じ込めていると気づいてしまった以上
気付く前の自分に戻ることできませんでした。

私は自分に一つだけ
小さな許可を出してみました。

「この苦しさを、誰かに相談してもいい」

ただ、それだけです。

これまでは
私が苦しいの私のせい。
いい大人なのに自分で解決できないなんてと
弱音を吐くことすら禁じていました。

しかし、その小さな「許可」の隙間から
風が吹き込みました。

信頼できる人に状況を話して
助けを求めた途端に
ガチガチに凍り付いていた状況が一気に動き出したんです!

あれよあれよという間に引越し先が決まり
夫の反対を押し切る形ではあったものの
別居が実現しました。

これまでずっと夫の顔色を伺って
ビクビク過ごしてきた私には
考えられないことでした。

これは私にとって逃避ではなく
私が私として呼吸をするための
前向きな「聖域」の確保でした。

そして驚くべきことは
その後に起こりました。

自分の環境を整えて
自分を苦しめる設定を解除した途端
仕事の面でも信じられないような変化が起きたんです!

テレビの取材や
作家としての新しい展示の話
講師業での新しいプロジェクト……

これまで必死に追いかけても
手に入らなかったようなチャンスが
向こうから立て続けに舞い込んできました。

なぜ、こんなことが起きたのか。

それは私が自分に

「幸せになってもいいんだよ」
「環境を変えても大丈夫だよ」

という許可を出したことで
私のエネルギーが
「自己防衛」から「自己表現」へ
一気にシフトしたからに他なりません。

つむり
つむり

へー‼
本当にいろんなことが起きてたんだね!

uca.
uca.

自分でもびっくりしてるよ(笑)

表現者として、一人の人間として「自分を再定義する」

もの作りをする私たちは知っています。

一つの作品が完成するかどうかは
最初の「下地」や「構図」などの設定に
大きく左右されることを。

人生も、それと同じです。

もし今
あなたの人生が思うように描けていないと感じるなら
それは努力が足りないからではなく

「下地(セルフイメージ)」の設定が
あなたの望む未来とズレているから

かもしれません。

「自分に許可を出す」とは
決して自分を甘やかすことではありません。

それは、自分の人生という作品の「責任者」として
最高のパフォーマンスを発揮できる環境を
自分に与えてあげるという
プロフェッショナルな決断です。

  • できない自分を、笑って許していい。
  • 嫌なことは、嫌だと言っていい。
  • 誰かに頼って、軽やかに進んでいい。
  • あなたはあなたのままで素晴らしい存在である。

この許可を出せた時に
あなたにはこれまでとは全く違う
自由な力が宿るはずです。

つむり
つむり

つむりはつむりのままでいいってことだね!

uca.
uca.

そう。私もこれを読んでくださってる方も
みんな今のままでいいってことね。

今日、あなたは何を許可しますか?

最後に、ここまでこの記事を読んでくださった
あなたに問いかけたいことがあります。

「あなたが今、自分に禁止していることは何ですか?」

それを「やってもいいよ」と許可したとき
あなたの世界の色はどう変わるでしょうか。

最初の一歩は、本当に小さなことで構いません。

「今日は家事を休んでお昼寝していい」

「苦手なあの人のLINEに返事しなくてもいい」

ほんの小さな許可の積み重ねが
やがてあなたの人生という
壮大なキャンバスを
光あふれる傑作へと変えていってくれます。

私は、画家としてこれからも描き続けます。

そして、一人の人間として
毎日自分に

「幸せでいていいんだよ」

と許可を出し続けようと思います。

私たちが自分をどう設定するかで
未来はいくらでも塗り替えられます。

あなたの人生というアートを
どうか、あなた自身の手で
最高に自由なものにしていってくださいね。

uca.
uca.

私もこれからをもっと自由に
もっと楽しい毎日にしていくつもりです!

最後までお読みいただき
ありがとうございました。

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